2009年09月17日

「ANAオープン」初日、石川遼君はノーボギーで4アンダー

今日は石川遼君のお誕生日だそうですが、国内男子ツアー第13戦「ANAオープン」の初日。北海道の札幌ゴルフ倶楽部で行われている「ANAオープン」で、石川遼君は4アンダーと好調な滑り出し。
しかも、ノーボギーだとか。
18歳の誕生日をイーグルで祝ったそうです。


これは、優勝争いにも食い込める成績で、トップとは、2打差。

ANAのコマーシャルに、パイロットの姿で登場していますが、石川遼君は、ANAとスポンサー契約を結んでいるので、ANAオープンでは、ホストプロ。


昨年は、予選落ちしてしまった石川遼君ですが、今年は、格段に進歩しています。



トップは、久保谷プロと矢野東プロ。

矢野東プロは、昨年優勝のディフェンディングチャンピオンで、7バーディ1ボギーの通算アンダーで、大会前から絶好調宣言だとか。

通算5アンダーの1打差で中島常幸、兼本貴司らのベテラン勢が続き、遼君は6位タイ。

韓国オープンでは、池ポチャ3回とかで、大変でしたが。


来春、高校を卒業する石川遼君は、大学進学希望だけれども、忙しくて納得のいく進路を探す暇がないそうです。

高校三年生の人は、必死に受験勉強をしているか、推薦で決めてしまい、のんびり遊んでいるか、という時期ですね。

今は、定員に満たない大学もある時代なので、えり好みせず、どこでもよければ、誰でも大学に入れます。


中退する人も多いらしいですね。

18歳で、志望を決めてしまうのも、なかなか難しいと思います。


私達の時代は、モラトリアム世代とかで、大学を出てからも、他の大学に入りなおしたり、大学院にずるずる通ったりする人が多くいたような感じです。

その上の世代は、全学連世代でしたから、大学の中では、まだまだ学生運動の残りがありました。


私の大学受験の時、歳がわかってしまいますが、入試直前に、札幌オリンピックをずっと見ていた年と、浅間山荘篭城事件をやはりずっと見ていた年がありました。

浅間山荘は、日本赤軍が起こした悲惨な事件でした。

そこまで行く間に、多くの仲間を総括と称して、殺戮していたことがわかって、ぞっとしたものです。

だから、大学に入った後は、内ゲバとかいう中核派とか、核マル派の乱闘騒ぎなどがあって、近寄らないようにしていました。

そういう組織に入ってしまった知人は、かなり怯えていました。



うちの夫は学生運動世代ですが、学生運動には加わらず、もっぱらバーベルを持ち上げたり、水泳をしていたそうです。。。。


なんか、話がそれてしまいましたが、大学も、生徒集めに大変だと、数年前に短大の先生をしている友人が言っていました。



国立大学も大学法人になったため、収益を追求しなければならないそうです。
寄付金集めをしたり、冠講座(寄付金による講座)などがあるそうです。


知人が大学の先生になっていたりする年代なので、あの人もあの人も、大学教授になったの? みたいなびっくりニュースがありますが。。。


非常勤講師をいくつも掛け持ちしているケースだと、かなり生活が厳しいとかで、大変そうです。

有名大学の教授になった人もいますし。。

人生いろいろ、ですね。


石川遼記念館「リスの家」が、本日越後湯沢にオープンしたそうです。

行ってみたいですね。

「リスの家」の写真、sanspo.comから、お借りしました。

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