しかも、ノーボギーだとか。
18歳の誕生日をイーグルで祝ったそうです。
これは、優勝争いにも食い込める成績で、トップとは、2打差。
ANAのコマーシャルに、パイロットの姿で登場していますが、石川遼君は、ANAとスポンサー契約を結んでいるので、ANAオープンでは、ホストプロ。
昨年は、予選落ちしてしまった石川遼君ですが、今年は、格段に進歩しています。
トップは、久保谷プロと矢野東プロ。
矢野東プロは、昨年優勝のディフェンディングチャンピオンで、7バーディ1ボギーの通算アンダーで、大会前から絶好調宣言だとか。
通算5アンダーの1打差で中島常幸、兼本貴司らのベテラン勢が続き、遼君は6位タイ。
韓国オープンでは、池ポチャ3回とかで、大変でしたが。
来春、高校を卒業する石川遼君は、大学進学希望だけれども、忙しくて納得のいく進路を探す暇がないそうです。
高校三年生の人は、必死に受験勉強をしているか、推薦で決めてしまい、のんびり遊んでいるか、という時期ですね。
今は、定員に満たない大学もある時代なので、えり好みせず、どこでもよければ、誰でも大学に入れます。
中退する人も多いらしいですね。
18歳で、志望を決めてしまうのも、なかなか難しいと思います。
私達の時代は、モラトリアム世代とかで、大学を出てからも、他の大学に入りなおしたり、大学院にずるずる通ったりする人が多くいたような感じです。
その上の世代は、全学連世代でしたから、大学の中では、まだまだ学生運動の残りがありました。
私の大学受験の時、歳がわかってしまいますが、入試直前に、札幌オリンピックをずっと見ていた年と、浅間山荘篭城事件をやはりずっと見ていた年がありました。
浅間山荘は、日本赤軍が起こした悲惨な事件でした。
そこまで行く間に、多くの仲間を総括と称して、殺戮していたことがわかって、ぞっとしたものです。
だから、大学に入った後は、内ゲバとかいう中核派とか、核マル派の乱闘騒ぎなどがあって、近寄らないようにしていました。
そういう組織に入ってしまった知人は、かなり怯えていました。
うちの夫は学生運動世代ですが、学生運動には加わらず、もっぱらバーベルを持ち上げたり、水泳をしていたそうです。。。。
なんか、話がそれてしまいましたが、大学も、生徒集めに大変だと、数年前に短大の先生をしている友人が言っていました。
国立大学も大学法人になったため、収益を追求しなければならないそうです。
寄付金集めをしたり、冠講座(寄付金による講座)などがあるそうです。
知人が大学の先生になっていたりする年代なので、あの人もあの人も、大学教授になったの? みたいなびっくりニュースがありますが。。。
非常勤講師をいくつも掛け持ちしているケースだと、かなり生活が厳しいとかで、大変そうです。
有名大学の教授になった人もいますし。。
人生いろいろ、ですね。
石川遼記念館「リスの家」が、本日越後湯沢にオープンしたそうです。
行ってみたいですね。
「リスの家」の写真、sanspo.comから、お借りしました。
【プロゴルファー石川遼君とスピードラーニングの最新記事】











