2009年07月06日

全英オープンの話

石川遼君の全英オープン出場が決まって、全英オープンの切符を買う人が増えたそうだ。
日本の大会でも、ギャラリーがかなり多かったらしい。
全英オープンにも、行けるものなら行きたいというのが、ファンの心理。

仕事や学校などがあって、行けない人も多いと思いますが。

全英オープンって、なんだ? と思っていたので、興味津々。
全英オープンは、テレビ朝日と、ゴルフネットワークで、実況中継放送されるそうだ。
テレビ朝日と、ゴルフネットワークでは、別々に撮影するものらしい。



ケーブルテレビのゴルフネットワークで、英オープンの特集番組があったので、メモしてみた。


全英オープンは、130年以上の歴史があって、アメリカ以外で行われる唯一のメジャー大会。



ジャック・ニクラウスが2005年、競技ゴルフから引退したとき、最後の舞台として選んだのは、セントアンドリュースの全英オープンだった。


ニクラウス「セントアンドリュースは大好きなコース。コンディションなどすべてが他と違う。観客は見るだけでなくプレーヤーと一体になっている。いつまでも心に残る特別なコースだ」

ラリー・ネルソン「観客はゴルフを知り尽くしている。だから普通のショットでは、拍手してもらえない。よほど絶妙なショットの時だけだ。アメリカとは違うね」

グレッグ・ノーマン「すべてが独特だ。球を打ったときの音や、球が落ちるときの音、天候までが他とは違う。突風や激しい雨の中でプレーするというのもよくあることだ」



選手の出身国は、5つの大陸にまたがっている。

ニック・プライス「強いプレーヤーは、カメレオンのように、状況に応じて自分のプレーを変える。優勝を狙う大会に合わせて調整してくるという点では、ジャックが卓越していた」


1962年にプロ入りしたニクラウスは、すぐに3つのメジャーを制覇。だが全英オープンには苦労する。4年もの間、優勝を飾ることが出来なかった。
しかし、出場を重ねるたびに、ニクラウスは優勝に近づいていた。

「別の大陸に渡るとそれだけで消耗する。移動も大変だった。だが彼は早めに行って、コースを歩き、何度もプレーした。あらゆる努力を惜しまなかった」



ニクラウス「準備に一週間は必要だ。月曜日に現地入りしても絶対に間に合わない。どんなに難しいコースでも、3〜4回プレーすれば、不安は消える」

1966年大会はミヤフィールドで開催された。ニクラウスは狭いフェアウェイを見事克服。リンクスにしてはボールの弾道が高すぎると指摘する人々を圧巻のプレーでうならせた。
ニクラウス「私が勝てるタイプのコースではなかった。だから自分をコースに合わせられなければ、勝つことはできない。自分のスタイルを変えたからこそ、ミュアフィールドで念願の勝利を挙げられた」




「リンクスコースで大切なのは球の跳ねる方向を見極めることだ
運が大事だという人も多いが、正しい場所に球を落とせば、途中で止まったりしない」
「グリーンのアンジュレーションがとてもきつい。
1メートル以上の起伏があることもある」

現在全英オープンの会場は9つあり、そのどれもが予測不可能なコースだ。

それぞれに厳しい特徴があるので選手は柔軟に対応しなければならない。
大切なのは忍耐力、そして、体力よりも知力。常に冷静でいることが求められるのだ。



以上、ゴルフネットワークの男子メジャー全英オープン編からメモしました。

大変だけれども、楽しそうなコースですね。


応援に行く人も、石川遼君と一緒に、スピードラーニングで勉強したほうがいいかも。

それとも、間に合わなくて、
14ヶ国語おしゃべり翻訳機


のほうがいいかも?






2009年07月03日

「帝国の朝」から「千秋太后」の間

「千秋太后」を見ていると、生まれながらにして波乱万丈。
そのわけは、なぜ、どうして、そうなったのか、と思って、「帝国の朝」を見たけれども、いまひとつつながりません。

「帝国の朝」と「千秋太后」の間に、何が起きたのか。


「帝国の朝」は、高麗の基盤を築いた英雄、光宗が主人公。
奴隷を解放し、科挙制度をつくり、西京建設を果たした。


高麗第四番目の王である光宗は、平洲で罠にはまり、絶体絶命のところを、逃げ延びた後、どうなるのか。
「帝国の朝」91回〜94回は、平洲鎮圧後から始まる。

平洲を鎮圧した後、平洲兵士をその場で殺し、近隣の豪族を屋敷に閉じ込め焼き殺すよう命じた光宗。
その時点で数千人を殺したそうです。



王都に戻り、取り調べ場で、首謀者である平洲のパク兄弟、ヒョウン太子、フンファ君、キョンファングン君、王都で監禁されていた両大夫を拷問し、自白させたあげく、それぞれ死刑執行。


光宗の最愛の王妃であるテモク王妃は、実家の黄州にも嫌疑がかけられてしまったことで、息子に毒薬を与えることを命じた光宗の残酷さに驚き、何としても息子を助けようとします。
シンジョン王太后も、孫を守るために、殺してはいけませんと、光宗に言う。

臣下も息子を殺す王などいないとそろって光宗をいさめ、王妃は、光宗の目の前に座り、息子を殺すなら死にますと、剣を自分の首に突きつけるが、光宗は、
「脅すつもりか」と怒る。結局、息子に毒薬を与えるのを延期して、
「幽閉しておけ」と命令する。




一人で酒を飲んでいる光宗。
父の太祖王建が亡霊となって現れ、「お前の殺した弟と甥だ」と罪人姿で血まみれのヒョウン太子、フンファ君、ヒョウン太子の母、姉、パク兄弟などを連れています。処刑された弟たちは「恨みます」と。
その夢から目覚めた光宗は、心を入れ替える。


「帝国の朝」の最後は、光宗とテモク王妃が並び、息子(後の景宗)を太子に冊封する華やかな儀式で終わります。


しかし、そのままでは「千秋太后」とつながりません。
「千秋太后」では、後の千秋太后となるファンボ・スは景宗の第3妃。

王位に就いた景宗が、最初に実施したのは復讐法で、そのため、再び多くの人が命を落とします。



景宗は幼い日の出来事を忘れられず、毎晩悪夢。
それは、幼い自分を父が殺そうとし、その幼い自分を守ろうとして母が父に殺されたという恐ろしい事件でした。



シンジョン王太后は、黄州の豪族ファンボ氏一族であり、千秋太后の祖母で、景宗の祖母。
景宗とファンボ・スは従兄妹同士。

シンジョン王太后「私の息子も娘は皆殺されてしまった」

ということは、「帝国の朝」の中で光宗は、王妃の実家であるファンボ氏は許すといっていたのに、結局ファンボ氏一族も皆殺しに!!

テモク王妃は、息子を守るために命を落としたのでしょうか。


兵士千人をすべて殺し、近隣の豪族も殺すというのもすごいですが、息子や王妃を殺すのは、とてもドラマにならないから、「帝国の朝」では、その直前でおしまいにしたのでしょうか。


posted by mimichan at 18:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 韓国の歴史ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月29日

奇跡のチップインイーグルでミズノオープンよみうりクラシック優勝!!

石川遼君の優勝がかかっている第4日目、テレビを見ている遼君ファンもギャラリーのファンもドッキドキだったと思いますが、本人は、もっとドッキドキのはず。



ドンマイというギャラリーの掛け声に励まされて、起死回生のチップインイーグルで挽回というすごい展開。



昨日のミズノオープンよみうりクラシックは、ドラマチックで、泣き出す人もいたとか。OB2発の後に、大逆転だったそうです。


私は、先約があって、日本テレビの実況中継を見られませんでした。残念!!


昨夜10時から、ゴルフネットワークというチャンネルでミズノオープンよみうりクラシック第4日目を見ました。チップインイーグルの場面はどこかと思って、見ていたのですが、うたた寝してしまったせいか、見逃してしまいました。録画してあるので、もう一度見る予定。


ニュース番組でちょっとだけチップインイーグルの場面を放送していましたが。。


チップインイーグルって、調べてみてもいまいちよくわかりません。
検索してみると、石川遼君は、2009年5月28日にもチップインイーグルを決めたというニュースがありました。

「第1打を左の林に入れたが、残り110ヤードの第2打が直接カップインするミラクルイーグルでギャラリーを沸かせた」そうです。




ミズノオープンよみうりクラシック第3日を、一昨日ゴルフネットワークで見ましたが、スィングのフォームが抜群なのだそうです。



キム・ヒョンソンが、優勝の可能性が出てきたけれども、プレッシャーで失敗か、というシーンもありました。



「男子メジャーのすべて:全英オープン編」という番組が続いていました。
過去のいろいろな大会のことなどを、放送していました。
ゴルフのルールの解説も放送していました。

アドバイスを受けてはいけないそうですね。


あの長い試合の間、どのパットやドライバーを選ぶか、どのようにプレーすべきか、など、アドバイスを受けずに、一人で考えていたなんて、すごいです。



野球やバレーボールでは、アドバイスOKなのに、ゴルフの試合ではアドバイスを受けるとルール違反なのだそうです。





残る世界四大メジャーの試合は、全英オープンと全米プロですが、自力出場を勝ち得た全英オープンは、7月16日開幕。




見ているほうもドッキドキですね。